ストモス日和り
昨日の本当に気持ちも明るくなるようなお天気と変わり、今日は朝からどんより曇り空。
夕方からは雨が降ってきました。
ファンの間ではこんな日、[ストモス日和り]で通ります。??
名曲の多い彼の曲の中でも、名曲中の名曲では?と思っている[Stranger In Moscow]の冒頭にザーザー降る雨の音が被るし、白黒のい寂寥感ただようショートフィルムにも冷たそうな雨が降ってくるからです。
宮崎県の噴火による土石流が雨によってより危険な状態に…というニュースは そんな甘っちょろい感傷を反省させますが、でも、又全然違う問題として、マイケルが受けた衝撃は一つの社会問題ですし、未だにうやむやにされている感があり、ファンとしては納得できません。
れいの大西さんの訳と解説でよく理解できた歌の意味を紹介させてくださいね。
[ストレンジャーインモスクワ]以下大西恒樹さんの文より
この曲は1993年のアルバム[HIStory]からの一曲です。幻想的な白黒のビデオが印象的ですが、何とも言えない、冷たい、寂しい感じが漂っています。93年と言えば、ちょうど少年虐待の訴えを起こされた年で、内容は明らかにそれに伴うマイケルの心の動きを示していると思われます。おそらくその時に感じていたことと、モスクワの風景がインスピレーションを生み、この曲に昇華したのでしょう。しんしんと冷えたマイケルの心が伝わってくるようです。
「僕は雨の中を彷徨っていた
顔を隠し、狂いそうになりながら。
突然、一気に突き落とされる奈落の底。
晴れの日は遠く、来そうもない。
クレムリンの影が僕を咎め、スターリンの墓が僕を否定する。
何度もそれは繰り返された。
雨が僕を、僕のままでいさせてくれたらと願う。
どんな気分だと思う?
どんな気分かわかる?
もし君が孤独で 心の中が冷えきってしまったら。
自分の名声に裏切られ
頭の中は終末を迎える。
KGBが僕をつけまわしていた。
僕は名前なんかいらない。僕のままでいさせて。
なのに物乞いの少年も僕の名前を呼ぶ。
幸せな日々が来れば痛みを消してくれるのに。
何度も繰り返しそれは起こる。
いっそ名前を捨て、ありのままでいさせて。
まるで誰も知らないモスクワに一人でいるみたいだ。
モスクワにいる見知らぬ異邦人。
僕らは危険を告げている。
僕らは危険を告げているんだよ。
モスクワの見知らぬ異邦人になったみたいだ。
危ないって言っているんだよ。
これは危ないことなんだよ。
モスクワで一人きりになったみたいだ。
僕は孤独に生きている。
僕はとても孤独なんだよ。
モスクワで一人なんだ。」
マイケルはこの曲をモスクワで書いたかもしれませんが、決してモスクワにいる自分の状況を書いたのではないと思います。むしろ、しんしんと冷える雨のモスクワにいるイメージと、自分の置かれている状況をリンクさせて曲を書いたとしか私には思えません。危険というのは、そういうこと(いわれのない告発で酷い目に会う状況)が簡単に起こりうる「アメリカ」社会の危険について言っているのだと思います。考えてみれば、それをモスクワを引き合いに出してアメリカを表現するというアイデアが、その状況の中から生まれるマイケルという人は、つくづくアーティストだったんだなあ、と思います。
以上[マイケルの遺した言葉]からの抜粋