埼玉県東松山市

2018年8月9日(木) ブログ
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心配していた台風13号。おかげさまで私達の旅には何も影響がなかったのですが、他の地域で被害があったのでしょうか…
 
翁長さんが急逝されたニュースを昨夜聞きつつ、(今日はナガサキの日)と思いつつ、朝6時姫路始発の[のぞみ]で品川まで。
山手線で池袋、そこから初めて乗る東武鉄道の急行で[東松山]下車。
予約していたレンタカーで約10分。
今日の目的地、[原爆の図 丸木美術館]にようやく到着しました。
 
一昨年だったか?
初めて[原爆の図]がアメリカはボストンへ渡る時に雀の涙ほどの募金をしました。
今回も又、絵の保存のために 本当の雀の涙ほどを封筒に入れて持参しました。
そんな風に 本当に連れ合いはここへ来たかったのです。
 
 
細い細い道を曲がってたどり着いた丸木美術館。
 
周辺にはご夫妻が暮らし、制作に没頭していた、趣きのある家屋も点在していました。
 
レンタカーの従業員さんがご存知なかったのがショックでしたが中には数人のお客様。
でも、2階に8点ある4曲2双の屏風になった[原爆の図]を観ている時は私達二人占めでした。
 
なんというか…。
恐ろしい、というより、やはり見事な日本画だと思いました。
観て、やはり一番思い浮かべるのはピカソの[ゲルニカ]。
自分では言えなかった、伝えられるなかった人々の無念の叫びを、
「後世に伝えなくては…」
の強い想いと 考え抜かれ、研ぎ澄まされた画術で表現された大画面…
 
2階にはその部屋と小さな個展をした部屋だけだったので
(やっぱりアウシュビッツとか沖縄のはここには無いのかな?)
と、経路順に下へ降りて行くと色々な個展の部屋を経て、ありました、ありました!
 
[対馬丸][水俣][アウシュビッツ][南京大虐殺]
夫妻が晩年に描かれたであろうそれらの絵の大きいこと、迫力のあること!
びっくりしました。
 
都会からは遠く離れた緑広がる静かな場所に、それでも著名な方々もたくさん訪れています。
そう、吉永小百合さんも、もちろん石牟礼道子さんも…
 
「やっと来れました」
連れ合いの挨拶を最後にこの地を離れ、いざ信州へ。