うまく繋がるか?

2011年3月30日(水) ブログ
201103301928000.jpg

原発がうまくいきません。
今や、日本中どころか、世界中の一番の心配の種。
専門家があらゆる知恵や技術を模索中なんだと思います。
ニュースを見ていると、フランスの最大手の原子力産業のCEO(最高責任者)も協力するため来日、と。
その人はなんと女性でした。
凄いですね。

それにしても悲しい犠牲と共に明らかになった日本発の原子力問題が、オバマ大統領のプラハ演説よりも、世界中の人の問題意識を喚起したというのは皮肉です。
こんな事が起こる前に、もっとエネルギーや現代生活の事、環境問題を考えないといけなかったのですね…。

毎日の寒さと同じ、なかなか春を迎える気分には程遠いですが、なんとか作品作り、進めています。
やっと(歩道)の部分と(お店)の部分、つなげます。
今回は[カフェ]に路上に設けたテラス部分を先に作っていたので、そこだけでっぱっていてつなぎにくそう…。

2年後の後ろ姿

2011年3月29日(火) ブログ
201103291221000.jpg

「灯」と書いて「あかり」ちゃん。
いい名前です。
そういえば、被災地で震災直後に産まれた赤ちゃんは、皆の希望の光になるように「ひかりちゃん」と名付けられていましたね。

実は あかりちゃんの後ろショットは2度目です。
2年と少し前、私がブログを始めた頃、Sさんの結婚式で、長いトレーンの裾を持つ、可愛い3人の子供たちの写真を載せさせていただいたのです。
真ん中にいたあかりちゃん、この春、ピカピカの一年生です。
大きくなりました。
春休みにディズニーランドへ行く!という予定が叶わず、伯母のSさんに連れられ、ゆう風舎に来てくれました。
近くの[ふるさと交流館]で一泊。
夕べは皆でレストランへ行ったのですが、今日のお昼は久しぶりに[ゆう風舎風アフタヌーン・ティー]にしてみました。
ワイワイガヤガヤおしゃべりする大人たちの中で静かに、お行儀良く、食べてくれていましたよ。
ダンスを習っている、というあかりちゃんに、食後、半強制的に[ゴースト]を観てもらいましたが、どんな感想だったかなあ。
勿論、終始、熱心に観てくれました(^-^)
あ、勿論、マイケルの[ゴースト]…。

可愛い子

2011年3月27日(日) ブログ
201103271629000.jpg

京都の町なかで育った私には、こちらへ来てからのお寺や神社の行事の多さにはとまどうばかり。
お寺の用事も、不謹慎ながら(仕方なしに)行く?方ですが、行く度に可愛い幼児に出会います(^-^)

今日は近所のお寺で[新1年生を祝う会]というのがあって参加してきたのですが、新1年生のお兄ちゃんについてきていた2才くらい?の女の子が可愛くて可愛くて、参加者皆の微笑を誘っていました。

(お楽しみ時間)を演出してくれて、様々なゲームや歌を誘導してくれる若い二人のお姉さんが好きで好きで、ずっと自分もやってるつもり。まん丸のほっぺ、手足を伸ばして小さな身体いっぱいに嬉しさを表現。
その喜びようを見てると、本当に純粋で無垢な子供の姿を改めて認識させられます。
本当に大切に大切に育てたい。
こんな無垢な子供の、いったい何人が海に流されてしまったのだろう?と、どうしても思ってしまいますね。
3.11は価値観も含めて、日本の再出発の日、とよく聞きます。
エネルギーを享受してたことも含めて…。

苦境の時に

2011年3月26日(土) ブログ
201103261928000.jpg

おとついの新聞にひっそりと、エリザベス・テーラーの死去が伝えられていました。

エリザベス・テーラーといえば、MJファンにとっては 特別の思いがあります。
唯一無二の親友同志だったそう。
子役スター同志だから?
お互い超セレブだから?
そうじゃないと思います。
親しくなったきっかけはそんなことかもしれませんが、どちらも世間で見られているのとは違う、繊細な心や思いやり、明晰な頭脳を持っていたこと、そして彼女は彼にとって(毛布に包まれているような)温かい人柄を感じさせてくれる人だったようです。
そして何より…自分が一番辛い時に、親身に支えてくれた、という思いがあるのです。

ここに一つの歌があります。
エリザベスの65才のバースデーを祝って開催されたコンサート。
マイケルは作詞作曲した曲を熱唱します。
たった一回きり。
一夜限りにするにはあまりにも素晴らしい感動的なパフォーマンスでしたが、勿論You−TUBE等で見られます。

初めて観た時から(凄くいい歌だなあ)と思っていましたが、最近、和訳を付けてくださっている方のをみつけて…又また感動です。

エリザベスが亡くなった今、皆に知ってもらいたくて、書き写してみますね。

[Elizabeth I Love You]

「ハリウッドへようこそ」
あなたはそう招かれました
「ハリウッドの子役スター」
あなたはそう売り出されました

上品で美しく 魅力的で才能もあった
あなたは言われるままに 仕事をしました
でも、子供時代や青春は取り上げられ お金儲けに 利用されてしまった

エリザベス、アイ ラブユー
あなたは この世に輝く全ての星
エリザベス、アイラブユー
それが真実だと気付きませんか?

あなたはすでにスターを越えた存在です

親愛なるエリザベス
もう全てを超越しています
私の親友、エリザベス
もう全てを持続させています

多くの人々があなたの真似をしました。
しかし、彼らは自分を見失い もういなくなってしまった
でも 見てご覧なさい
あなたは真に生き残り 輝ける人生はいまだ活気にあふれている

エリザベス、アイラブユー
それが真実だと気付きませんか?

それがあなたの人生 もう全てを持っているように見えます
絶頂をむかえたとき 人々は奈落を望んだ
とても悲しいことですが 時として 世の中は邪悪になります
でも、人々が陥れようとする時 傷つきながら 苦悩を乗り越え 王冠をかかげ 勝利への道を進んだ
それはまさに炎の中を歩くような行為
あなたは勝利を確信するため 何度も何度も人生を戦いぬいた!!
エリザベス、アイラブユー
それが真実だと気付きませんか?

私が孤独になった時のことを思い出してください。
「気をしっかり持って」と 親身になって言ってくれた
あなたは真の友人だけが出来る全てのことをしてくれました

エリザベス、アイラブユー

あなたがこの地球上でやってきた全ての事は 今や 世界中が認めています
私もいつか
そうなれることを願っています

あなたのような…

アメリカのプリント

2011年3月25日(金) ブログ
201103251909000.jpg

Mさんは今、34才くらいかな?
大阪の日本紐釦貿易会社の営業マンです。

そして本店と、少しだけ離れた所にある別館[Chuko]の責任者なんだと思います。
本店とは違い、かなりバタ臭いもの、洒落た輸入品などがディスプレイしてある、アンテナショップである[Chuko]には広く明るい店内にズラリとUSAコットンが並べられています。
USAコットンといえば…。
昔、ゆう風舎を創業した19年前には なんだか糊の効きすぎた、硬い、しかも強烈な色彩や図柄のものが多く、なんとか優しい小花柄を探して少しずつ買って帰ったのを思い出します。
それがいつの頃から柔らかく、使い易い布になり、やはり国産のとは違う洗練された色使いの素敵な布が増えてきました。
特にMさんがアメリカの展示会へ出かけてみつけてこられた子ども物、ベビー物は とっても可愛く、私は一目惚れしまくりです。(特にお気に入りはれいの世界地図柄です(^-^))

この写真の布達は 先日みつけて来てくれたもの。
まだ、到着ホヤホヤです。
ちょっと北欧調のシンプルな小花や小鳥のモチーフが色もきれいでとっても可愛い(^-^)。
何を作ろうか?
皆ワクワクしています。

校正

2011年3月22日(火) ブログ
201103221951000.jpg

年明けから 進めていた雑誌の仕事、ほぼ同時期に2冊、校正依頼のコピーやメールが届きました。
どちらも東京の出版社ですから それなりに大変だろうな、と思っていましたが、とりあえず普段通りのような雰囲気でした。
なので たぶん4月20日発売のものと5月の?日発売の手芸雑誌でお目にかかります。

作品の写真だけならいいのですが、なぜか私の顔写真入りなのがどうも(;^_^A…。
どうも編集者の方が選ばれるのは
「もうちょっとましなの、あったのでは??」
と思う写真のような気が…。
ま、仕方ないっか!
でも実店舗の[ゆう風舎]が、少しでも多くの方に紹介していただけるのは嬉しいことです。
[布と糸でつくる夢]展の前なので それを見て、初めて来て下さる方もおられるかもしれません。
頑張って作品仕上げないと…。
ちなみに この写真の右側の女の子はマイケルに見とれている若き日の私のつもり…。

ブローチはオプションです

2011年3月21日(月) ブログ
201103211654000.jpg

今朝のニュースで見た、東京消防庁の総隊長やハイパーレスキュー隊の隊長の記者会見。
(放射能)という恐怖と闘いながらの決死の大仕事へと送り出す、ご家族の心情を、自分と置き換えて(問うて)みた方も多かったのではないでしょうか?

いつも来店下さってはいろいろな布を沢山買って下さる、若いNさん。
今日もお母様と一緒に来て下さっていたのですが、伺うと、なんとNさんのお連れ合いも、姫路市の災害対策センターへのお勤めの関係からレスキュー隊として 直後に被災地へ行って下さっていたとのことをお聞きし、びっくりでした。

防護服には放射能を測定する計器がついていて、自分で確かめること。
電波塔が破壊されたために携帯はつながらず、ときどき自衛隊の近くに行くと自衛隊独自の装備の関係でつながり、「今はどこそこにいる…」と連絡があったこと。
手違いでテントの装備がなく、車の中で寝ておられたこと、等、生々しいお話を聞くことができました。

心配して涙顔になってしまうNさんに 一粒だねのT君が「大丈夫、帰ってくるって」と…。
ほんのちょっと前にはNさんの腕に抱かれていたのに、この春には小学校2年生になるんだもんね!
T君もパパに似てどんどん男らしくなるのでしょうね。
でもときどきは ゆう風舎のケーキも食べに来てね。

粛々と…

2011年3月20日(日) ブログ
201103201924000.jpg

スタッフTさんのお連れ合いはたつの市派遣のレスキュー隊として直後から被災地へ。
無事帰って来られました。

スタッフOさんのお父さんは西宮市にある老人施設にお勤めですが、近く、被災地の高齢の方を迎える手はずを…。

私のごく身近なところでも確かな支援の手応えを感じつつあります。

私は…といえば、
「…心身の健康を保つことが、むしろ大切。力を蓄えておくことも、貢献につながるんじゃないでしょうか。今回は長丁場。いくらでも交代要員が必要になると思うので、出番は必ずまわってきます」
とあった新聞記事をよすがに粛々と仕事をしています。
勿論、山田監督の言われるように、常に被災地の人々に思いを寄せながら…。

そして、震災後は特に、離れた場所からのネット注文に、よりいっそうの感謝の気持ちや親しみが湧き、不思議です。
(つながる喜び)というのでしょうか…。

今日の東京在住の若いお母さんからの…。
「初心者なので…」とおっしゃるので、いっそ私が作ってあげたい、と思うくらいですがそういう訳にもいかず、できるだけ解りやすく、しておきたいと思います。ぜひぜひ、小さな彼女のために うまくいきますように。

山田洋次さん

2011年3月19日(土) ブログ
201103181224001.jpg

テレビを観ては泣き、新聞を読んでは泣き、が続きますね。
今朝の朝日新聞に載っていた、映画監督、山田洋次さんの言葉を写させていただきますね。

「東日本大震災で、大きな悲劇の中にいる人達に、僕が何を伝えたらいいのかわかりません。
家を失い寒風にさらされている人に、海に襲われて水の中で果てた人に、東京の家の中から何かを言うことなんて…とてもできませんよ。

こんな時、自分たちに何ができるのかという声をよく聞きます。
それも大事だけど、被災した人達の悲しみや苦しみを、僕たちはどれくらい想像できるのか。そのことがとても大事だと思うのです。現地の人達の心の中をどれくらいイメージできるのか、自分に問いかけ、悩む。そこから何かが学び取れるのではないでしょうか。

もう一つ大事なのは、この大災害に、僕たちの国の政府がどう対応するのか、きちんと監視してゆくことです。原子力発電所の問題などで、きちんと情報が伝わってこないことが腹立たしいですが、そういうことも含め、国民として政府の動きをよく見ていて、問題ありとはんだした時は、きちんと抗議の声をあげる。そうすることが、被災者への応援になると思います。
こんな時、寅さんなら何と言うだろう、どう行動するだろう――と考えます。
阪神大震災の後、神戸市の長田地区で映画を撮りました。焼け出された人達から「寅さんに来てほしい」という声があがったのです。
僕は、あんな無責任な男の映画を被災地で撮るなんて、とんでもないことだと思い、最初はお断りしました。
でも、訪ねてきてくれた長田の人達が、口々に、こうおっしゃるのです。
「私達が今ほしいのは、同情ではない。頑張れという応援でも、しっかりしろという叱咤でもありません。そばにいて一緒に泣いてくれる、そして時々おもしろいことを言って笑わせてくれる、そういう人です。だから寅さんに来てほしいのです。」
寅さんのような男が、そばにいることが何かの慰めになるのならば。そう考え直して、撮影に向かいました。
あの焼け跡であった出来事を思うと、撮影していて、僕らはとてもつらかった。でも長田の人達はとても温かかった。ここで助け合い、支え合って生き抜いてきた人達です。
被災地とはまったく比較にならない苦労ですが、関東地方ではいま停電が起き、通勤電車には長蛇の列ができています。大勢の人が、愚痴も文句も胸に納めて、整然と、黙々と行動しています。遠くで厳しい現実に耐えているたくさんの人たちのことが、頭の中にあるからではないでしょうか。
貧弱な想像力を懸命に働かせて、被災地の人たちを思い続けたい。そうすることでつながっていたい。今はただ、そう思っています。」

東北の

2011年3月18日(金) ブログ
201103181224000.jpg

今朝一にいただいたメールは 北海道に住んでおられるTさんからでした。
「ブログが再開されてて ホッとしました。」と…。
よくキャスターの人がおっしゃっているのと同じ、こちらが何かしないといけないのに、逆に元気づけられたり…。
幸い 大丈夫だったTさんはホームページを立ち上げる前からの古いお客様です。
たぶん、コットンタイムを見て下さって以来かなあ?

関西生まれ、関西育ちの私は 北海道や東北のお知り合いはなかったのです。

福島県いわき市のSさん、Oさん、SOさん。
岩手県釜石市のNさん。
宮城県仙台市のSさん、Tさん、塩釜市のAさん、大崎市のTさん。
山形県米沢市のKさん、KUさん、山形市のSさん…。
この方達は 比較的最近、キットや布のご注文をいただいて送らせていただいた方達です。
皆さん、ご無事でいて下さっているでしょうか?
ご無事でも、随分、不安な不自由な思いをされているに違いありません。
原発が係の人の命懸けの努力に委ねられている今、気持ちははやっても輸送手段が少しずつしか復旧しない今、せめてこの寒さが早く遠退いてほしい。

次ページへ »