ゆう風舎の狭い店内。
少しずつ、少しずつ、可愛い柄のUSAコットンがはばをきかせてきました。
とうとう、棚に立て掛ける所が足りなくなり、雑貨をディスプレイしているテーブルの上に。
これが又、今置いている(子ども用)雑貨によく合うのです!
今は(リネンとレース)物作りに忙しくて、これらを使って作る暇がないのが残念。
何か作りたいものを考えるのもワクワクするし、材料を考えるのはもっと好きだし、針を動かすのはもっともっと好きです。
ましてや、ブログを見て、
「今度の、好きでーす!キットになりますか??」
なんてお便りをいただいたりすると、モチベーション上昇、ちょっと時間のかかる仕上げも手早く出来ましたよ。
そんな訳で、リネンとレースを使って、この間から作っていた作品、完成しました!
さあ、これからいよいよキット作りです。
スタッフの手を借りながら、大好きな材料を組んでいくのも楽しいし…
でも、ただただ説明書、レシピを書くのは正直、シンドイです。
絵キルトを楽しんでいる方はきっともっと多いでしょうに、キットがあまり無いのはこれが理由かなー?なんて思います。
初めての方でも作れるように…心がけて書いているのですが、心がつい、作品の仕上げ間近に思い浮かんだ次の縫い物へ飛んでしまい、うっかりミス記述もしばしば…(>_<) 特に今回は流れに沿って分けた土台布のパーツが大きく、最大A3の紙に入りきらない型紙に頭を悩ましそう…。 そんなグチを言ってる場合じゃないですよね? 自分が考えたものなんですから、責任を持って…何より、(作ってみよう)と購入してくださった方が楽しく作れますように、心を込めて書かないといけませんね。 ぜんっぜん、関係ありませんが、熱が出た時も、喉の調子が悪い時でも、世間で叩かれている時でも、ステージに上がったマイケルは、いつも全身全霊、魂をこめたパフォーマンスだったんですよ。
30センチ×30センチのミニタピスリー、[雨の日のブルー]やっとアップしました。
又〈夏〉のところ、見て下さいね。
まだ、雨のつづく日々ではありません。
なので、真夏ではない〈初夏〉の今がとても好きです。
(半袖、着ようかな?、七分袖かな?)
という今頃。
この季節だけ、頭の片隅にひっかかる、(作りかけ)の作品があります。
今日も、
「夏のベスト、編もうかな?」
という方のリクエストに合わせて、古い[毛糸だま]の6月号を開いてみて、又思い出しました。
白いクシュッとした布で作ったヨーヨーキルトのベッドカバー。
それこそ、ゆう風舎を始めてまもなくの頃から憧れて、ちまちま作り始めました。
真っ白ではなくアイボリーに、と思ったので、当時大好きだったホビーラホビーレの〈カナエ・コレクション〉の生なりの無地ローンで作り始めました。
ところが…。
作っても、作っても、パーツが小さいのでなかなかです。
しかもただ白い布で作っていくだけ。
色あわせの楽しみも形が変わっていく楽しみも何にもありません。
ただひたすら、縫っては繋げ、ときどき糸の始末が悪く、せっかく繋いだ部分が重みでプツンと外れたり。
他の物作りの合間に又したり、スタッフさんの手を借りたり…。
少しは大きくなりましたがまだまだベッドカバーの大きさには至りません。
そのうちに最初の頃の布はすっかり黄ばんでしまいました。
雑誌に載っているキルトを仕上げた人…本当に尊敬します。
真っ白で本当に綺麗です。
私のは?
又再開…するかなあ??
見慣れたこの景色。
JR[西明石]の新幹線のホームから見たところです。
3ヶ月に一度の絵の、〈いつかの会〉の帰りは、贅沢ながら新幹線で帰らせてもらっています。
退職以来、ずっと続けてきたこの役、初めは小さかった子どもたちが学校を卒業し、作業所等で働く社会人となり、開始の時刻が遅くなったからです。
思い出いっぱいのこの景色。
文字通り、雨の日も風の日も、雪の日もあったなあ。
素直な彼、彼女たち。
私と同年代の明るいお母さんたち。
ずっとこれからも続けられるのなら、私も歩ける限り来ますよ。
ちなみに私は新幹線大好き!
〈のぞみ〉じゃなかったら、西行きは空いているのです。
3列の椅子の窓際に陣取って、けっこう個室気分です(^-^)
「せっかく娘が申し込んでくれたのに…」
この間のワンディ・レッスンに参加できなくて、と わざわざお電話下さった明石のFさん。
今、とても重たい問題で心を痛めておられる由…。
生きていると 本当にいろんな事、ありますよね。
でも、きっとトンネルの向こうにはたどり着けるはず。
元気を出して早く問題が解決しますように、しかもその事で体調を崩されるなんてことがないようにお祈りします。
それにしても(気分転換に)と、申し込んで下さった娘さん。
ありがとうございます。
優しいですね。
Fさんにしろ、病気と闘っておられるNさんもTさんも、優しい立派なお嬢さんがおられて、ヨカッタ。
私には無いけれど、その代わり穏やかな時間をもらっていて、
「創作、がんばれ」
と、言われているような。
[傷痕]という小説を書いた桜庭一樹さんが質問に答えて、
「何の為に(小説を)書くかって?
…祈る、ためじゃないですか?」
と。
よい言葉ですね。
昨日のワンディレッスン。
もう何回もしているはずなのに、まだまだ課題作品が難解すぎるのかなあ?と、反省します。
初めてされる方はもちろん、幾つかされている方でも、やはり、私の予想していなかったところで手間どられ、時間がかかってしまったかなあ、というところが幾つかありました。
〈髪の毛〉の表現もその一つです。
いつも、縫い代を針の先で折りこんでは縫っていく、他の部分とは違って、髪の毛はきりっぱなしの布を使います。
折りこむとポッテリ、鬘のようになってしまうし、少しばかり糸がほつれても、却って髪の毛らしい、という訳です。
形通りには、スタッフに裁ってもらい済みの特別キットですから、下絵の線に合わせて置いてざっくりとまつりつけ、髪の毛用の布とよく似た色の刺繍糸一本どりで、ゆーるりしたアウトラインステッチやストレートステッチで毛の流れや後れ毛を表現していくのですが、これがなかなか…。
皆さん苦戦なさいます。
真面目でいらっしゃるのかな?
どうも刺繍線がまっすぐ、ぱつぱつ。
たくさん刺繍しすぎて重たそう。
以前、髪の毛の表現のコツをつかんでもらおうと、
「ほら、小さい頃、ノートに少女マンガを描きませんでしたか?」
と言うと、
「そんなのかいてなーい」
そっかー。
とにかく、「糸をひきすぎないでふんわり、ふんわり刺して下さいね」
と言って回るしか…。
こんなゆるーい刺繍なんて、きっと刺繍を習って本格的にされている方には許せない(いいかげん)な刺繍だと思います。
(いいかげん)を人に伝授するのはとっても難しいです。
はるばる大阪から来ていつも参加してくださるNさんが、もうさっそく
「秋のレッスンの絵柄がどんなのか、楽しみやわ〜!」
とおっしゃって帰られて、めちゃめちゃプレッシャーですが(>_<)(簡単で可愛い)ほど難しいものはありません。
さすがに、あまりもう見なくなりましたが、教師を辞めてからも、授業をしている夢をよく見たものです。
それも〈夢〉ですから たいてい、
(うわあ!どうしよう!何も準備してない!!)
と慌てふためいている設定です。
どうして、半年ぶりとはいえ、今日のワンディレッスンにあたってそんな事を思ったか?といいますと…。
なんと、今日の参加して下さったメンバーの中に、かつての教え子、小学生だった子がいたからですよ。
1人はお友達二人と、1人は会社の偶然の休みを利用して…。
どちらももう立派な若いママなのですから、私も歳をとったはずです。
さあ、そんなメンバーも加わり、いつも顔を出してくださる有難い方、優しい笑顔、初めて参加して下さった方。
またまた、穏やかで、真剣な、貴重な時間をありがとうございました。
又、秋に伺います。
できれば、いらして下さいね。
それにしても、今朝は軽いカルチャーショック。
エスカレーターで七階に着くと、やや焦った感じ、でもにこやかに出迎えて下さったアンジェラス店長のSさん。
(何かちがう?!)
と、よくよく見ると、なんとリバティの小花柄のカッターシャツ姿!
もちろん、ご自分で縫われたらしく…。
今から新幹線に飛び乗って、東京出張。
何やらリバティ取扱店の会合があるらしく。
すごいなあ。
男の人のリバティ姿、初めて見たナア。
元々優しい雰囲気でお洒落なSさん。
なかなか似合っておられましたが、他の人は無理でしょうねー?
リネンとレースを使って…
この時期、毎年作っているタピスリーのキット。
今年は土台布にいろいろなブルーの布を繋ぎあわせてみました。
実は大きなバッグからいろいろきれいなものが飛び出しているんですよ。
レース、ビーズ、花のモチーフ、…
キットにするので、できるだけ手に入りやすく、値段も手頃で綺麗な物、もっと無いかなあ?と、カタログで探していた時、目に止まって、
(これ、どーかなー?)と買ってみたのが、一番下に写っている、〈リーフガーランド〉です。
だって、全てきちんとアップリケするのはしんどいもの…。
いろいろな色のがありましたが、ブルーのを注文し、届いてみるとなかなかきれいなサックス。
¥150/mと安価な化繊ですが、そんなに違和感もなく。
今日、作品の花嫁さんのブーケの作り方を思案していたIさんに、
「こんなのもあるよ、グリーンじゃないけど」
と差し出すと、大喜び。
ついでに、居合わせた皆にも大ウケ。
それぞれ2mずつ買っていかれましたよ(^o^)
6月はもう目の前。
没後3年経っても、商魂たくましく、さまざまなマイケル関連のものが売り出されます。
もちろん、それでも、待ちわびているのですが…。
でも、本当に望んでいることは、一人でも多くの方に、彼の本当の姿を知ってほしいということです。
最近のオフィシャルサイトに彼の詩集、思索集[Dancing The Dream]についての話が書いてありました。
1992年6月。
もうその頃は世界中での人気と裏腹にアメリカでは(変人・奇人)と揶揄されていましたから、アメリカではなく、イギリスでの出版。
彼の事にしては、多くの注目を集めることもなく、ひっそりと出版されたようです。
現在でも和訳本は出ていないので、読んでいる人は少ないかもしれません。
でも、ありがたいことに、英語の堪能なファンがブログに全ての和訳を載せて下さっているのです。
それを読んでからは、アマゾンのカスタマーレビューにある、
「数ある追悼本、マイケル関連の本は何もいらない!この一冊だけで充分!」
とか
「読んでいると、胸がいっぱいになり『うわぁ〜!』と大声を出したくなり…」
というような感想がよく解りました。
長い文もあります。
でも、ちょっとずつでも紹介していきたいので、短めのものから載せさせていただこうと思います。
[bluemoon]さんという方の訳です。
[bluemoon]さん、ありがとう。
[DANCE OF LIFE―生命の踊り―]
「ぼくのそばにはいつも月がいる。
夜、柔らかな月の光がカーテンの隙間から差し込む。
ぼくには見なくてもわかるのだ。
冷たく青いエネルギーがベッドに降り注がれ、ぼくは起き上がる。
暗い廊下へ飛びだし、ドアを勢いよく開ける。
外に出るためにではなく、戻るために。
そして「月よ、ぼくはここだ!」と叫ぶ。
「ええ」と月が答える。「さあ、踊って。わたしたちのために」
その言葉を待つまでもなく、ぼくの体はとっくに動きだしている。
いつからだろう?自分でも思い出せない。ぼくの体は、いつも ひっきりなしに動いているのだ。
子供のころからぼくは、月に魅入られた変人のように、こうして彼女に話しかけてきた。
月だけじゃない。星たちもぼくを誘い、きらびやかな動きをぼくの目の前で見せてくれた。
彼らもまた踊りながら、分子をしなやかに震わせ、ぼくの炭素原子がそれに応じて飛び跳ねる。
両手を大きく広げ、海へ向かって歩いていくと、ぼくの体はまたしても踊り出す。
ぼくの中で月がゆるやかに、芝生に落ちる青白い影のように踊っている。
波のざわめきが地球の鼓動に聞こえ、踊りのテンポがいちだんと速くなる。
白い波頭のあいだをイルカが飛び跳ねる。
天まで届く大波が押し寄せた瞬間、イルカは今しも空へ舞い上がろうとする。
イルカの尾びれがきらめきながら弧を描き、波間にはプランクトンが光っている。
小魚の群れがぴちぴちと跳ね、月明かりのなかでまるで新しい星座のように銀色の光を放つ。
海が言う、「ああ!みんなが集まってくるわ」
片足を波に突っ込み、もう片方で波を蹴散らし、ぼくは海岸を走る。
ポンポンという小さな音が聞こえる。
数えきれないほどのカニが、驚いて穴の中へもぐりこむ音だ。
けれどもう、ぼくの足は止まらない。
つまさきで軽やかに、あるいは全速力で、ぼくは走る。
空をあおぐと、満点の星たちがいう。
「回っておくれ、速く!」
ぼくは笑い、頭を下げてポーズを決めると、思い切りワイルドにスピンをした。
こいつはぼくのお気に入りの踊りだ。
なぜって、これには秘密があるからだ。
速くスピンすればするほど、ぼくの心は穏やかになる。
外見はあくまでアクティブに、内面はあくまでも穏やかに、それがぼくの踊りだ。
ぼくは曲を作るのが大好きで、この踊りはいつまでも終わることのない、音のない音楽なのだ。
目には見えないけれど、静けさこそがぼくの本当の踊りだ。
それはいつもぼくのそばにいて、神から遣わされた振り付け師となって、指の一本一本に、つまさきに、祝福を与えてくれる。
ぼくは月も海もイルカのこともすっかり忘れ、それでいて彼らの喜びをこのうえなく、はっきりと感じとることができる。
あるいは星のように遠く、あるいは海辺の砂のように近く、彼らはきらびやかな光をふりまきながらぼくにせまる。
ぼくは愛に満ち、暖かなその世界に永遠に包まれる。
手を触れると、静寂のなかからたちまち光がこぼれだす。
光はぼくの心を震わせ、突き動かし、ぼくに気づかせてくれる。
この静寂、この光、この祝福こそがぼくの踊りなのだということを、すべての人々に示すのがぼくの宿命かのだ、と。
「さあ、早く与えて!」と光が言う。
ぼくは運命に従い、喜びをあらわす新しいステップ、新しい振り付けを生み出す。
そのとたん、ぼくは自分がどこにいるかを思い出し、丘の上へかけ戻る。
寝室の明かりがついたままになっている。
それを見て、ぼくはまた坂をかけおりる。
心臓が高鳴り、腕の力がぐったりと抜け、温かい血液が足にどくどくと流れていく。
もっとゆっくり踊ってくれと、細胞が訴える。
「少し歩こう」と彼らは言う。
「ちょっときつかったよ」と。
「いいとも」ぼくは笑い、歩調を緩める。
少し息を切らし、心地よい疲れを感じながらドアノブを回す。
ベッドにもぐりこむと、いつもの疑問がよみがえる。
ぼくたちが見ている夜空の星には、今はもう存在しないものがあるという。
星の光が地球へ届くまでには、何百年もの歳月がかかり、ぼくたちが今見ているのは、それらの星が輝いていた過去の光なのだと。
「すると、輝かなくなった星はそのあとどうなるんだろう?」と、ぼくは自分に問いかける。
「死んでしまうのだろうか」
「いいや、そんなことはない」と空から声が降ってくる。
「星は死なない。ただ、微笑んで宇宙の音楽に、生命の踊りに溶け込むだけさ」
目を閉じる前には思いつきもしなかったその考えを、ぼくはひどく気に入った。
ぼくは微笑を浮かべ、自分の肉体を音楽に溶け込ませたのだった。」