干し柿のブランデー漬け

2012年11月30日(金) ブログ
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皆さんは柿はお好きですか?

私の実家では父も母も好きで、子供の時からよくいただきました。

それぞれ(お気に入り)があって、父は干し柿、母はトロッとスプーンで食べるような、よく熟れたふゆう柿。
私は…勿論どちらも(^-^)

ただし、京都ではやはり果物屋さんで買って食べていました。

なので、こちらへ来てからは庭の木になっているのを採って食べるなんて、超ラッキー!と思います。

義母が元気だった頃はこの季節になると、皮を剥いて紐で吊るして美味しい干し柿を作ってくれましたが、私はもちろんそんなことはようしません…。

ところが、明石にお住まいのFさんが、珍しい、〈干し柿のブランデー漬け〉を作られる、という話は以前にも書きましたね。

申し訳ないことにまたまたいただきましたm(__)m

前はカスタードに混ぜたババロアのケーキにしましたが、今度はちょうど無くなった洋梨の缶詰めの代わりにアーモンドベースの焼き菓子にトッピングしてみました。

ちょこっとハシキレを試食。

漬け汁のブランデーも少し混ぜたので、香りのよい甘い美味しいケーキになりました。

高辻通り烏丸東入ル下ル

2012年11月28日(水) ブログ
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色づく木々に見守られながら、京都までドライブです。

前にもブログに書かせてもらった、シニア向けマンションに引っ越した、母の親友Mさんの元のおうちへ、という訳です。

京都市下京区高辻通烏丸東入ル下ル

子供の時から年賀状の宛先を書く度に
(すごい住所だなあ。ど真ん中…)
と、思っていました。

ところが、この住所、この日のために設置したカーナビに入力しても出てきません。
そんな地名は今はない??(電話はもう使ってなかったので)

もちろん、
「五条通りから烏丸通りを上がって京都銀行の角を曲がり…」
と、詳しくMさんから聞いていたのでスムーズに行けましたが。

子供の時に行ったイメージより、烏丸通りからすぐ!想像以上に(ど真ん中)でした。
昔はデパートの[高島屋]はこのすぐ隣にあったそうです。

そんな場所で代々続いた[森寅たんす店]の娘だったMさん。
指に生まれつきの奇形があったため、生涯独身、それでも持ち前のセンスと努力で服飾デザイナーとしてのアトリエをここに構えていたのです。
一階は改造して大きな三面の姿見やソファーセットのあるアトリエ、二階は古い日本間の部屋。

シニア向けマンションに居を移してからは愛着はあっても持っていけない絵や家具の処分を少しずつ、という感じです。

私達に譲って下さる絵や戸棚、マンションに移動させる物、ワイワイ楽しく準備完了。

荷物とMさんを乗せて今度は新しい住居の電話番号をカーナビに入力。
ところがこれ又、新しすぎたのか?まだ入っていない??

実は山科にあるマンションまでの道順に自信がなく、お年寄りを乗せてうろうろできない、とカーナビの購入を決心したのですが…。

「そこをまっすぐ!あそこを右!」
Mさんは全くカーナビいらずでした…(>_<)

キットではないと…

2012年11月26日(月) ブログ
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私が考えたキットを、細かいパーツを揃えて組んでくれるスタッフがいて、そして
(作ってみよう)
とキットを購入して下さるお客様がいて。
とっても有難いことです。

これからも可能な限り、楽しいキット作品を作っていくつもりです。

が、…キットにはしない、という作品も又楽しいのです。

(この布、たくさんあるかなあ?)
とか
(ここはちょっと面倒くさすぎるヨナア)
という心配をすることなく、何をどう使おうが(私の勝手!)という分です(^^;

春に向けての作品、木立ちの中に一軒、八百屋さんもあります。

下絵を描いた時点から
(う〜ん、この野菜達を一つ一つアップリケするのは無理! 何か良いもの探してこなくっちゃ)
と思っていました。

なんでも〈お役立ち布〉のリバティプリントを配した後、先日西宮ガーデンズや岡本のナイーフや三ノ宮のユザワヤを回って買ってきたビーズや薄手のフェルト等でなんとか…。
赤い小さなウッドビーズとグリーンの刺繍糸でプチトマトにするのはマイ・定番です。

中段左につけたのは〈ナイーフ〉で買ったビーズですが、どうも自然の実?
なんとなく、小さい時によく取って遊んだ〈数珠玉(本当の草の名前は知りません)〉に赤と黒の塗料が塗ってあるような感じで穴がめちゃくちゃ細く、糸を通すのに困りました。

〈ナイーフ〉には東南アジアなどからやってきた(なんでもないもの)があって楽しいのです。

つづき

2012年11月25日(日) ブログ
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ちゃんと、仕事もやっていますよ(^^;
でも、やっぱり今日は昨日の続きを…。

「ネバーランドは子ども達を引き付けるものだという人もいました。
それは本当です。それを意図していましたから。
でも、彼らが言うような意図はマイケルにはありませんでした。
彼の意図は子ども達に危害を与えることではありませんでした。
彼のたった一つの意図は、子ども達に魔法と喜びを与えることだったのです。

私は20年に渡り彼を見て来ました。
マイケル自身に人を惹き付ける魔法のようなものがありました。
子ども達はただ彼について行くのです。
マイケルが子ども達のためにおもちゃを買っていたトイザらスに行ったことがあるのですが、振り返ると大勢の子ども達が私たちの後ろにいるのがわかりました。
マイケルは変装していたのに。

人は彼を孤独だと言いましたが、彼は孤独ではありませんでした。
彼はいつでも人を惹き付けていました。
気になることもありました。
彼に殺到する人たちを目にするのは、押し寄せる波を見ているようでした。
彼の周囲にいる人たちが狂乱状態になってしまうので彼はどんな服でも素早く脱ぐ練習をしなければなりませんでした。
彼以上に早く服を脱げる人を、私は見たことはありません。

裁判の前、そして裁判中、彼は見捨てられると感じていました。
世論の法廷で彼は有罪判決を受けており、公正な裁判を受けられるか懸念していました。
もし自分が収監されたら子ども達がどうなってしまうのか心配していました。

彼は睡眠にトラブルを抱えていました。
海沿いにある友人の家を訪れた時、眠れなかったら私のところに降りてくるよう彼に言いました。
私を起こしてしまうことを彼は心配していましたが私はかまいませんでした。
彼が孤独で、そして悩んでいたことをわかっていましたから。
私達は長い時間話をして過ごしたり、時には朝日を待ちながら浜辺を歩いたりしました。

彼は眠れなかったのです。人の生きる意味、人生の意味を奪われたらあとはなにが残るでしょう?

私はみんなに本当のマイケルを知ってほしい。
世間での自分の良い行いを口にしたら贈り物の恩恵がなくなってしまうんだ、そうマイケルはいつも言っていました。
だから彼は人道的な行いを内密にしていたのです。
彼が世界や子ども達のためにどれほどのことをしていたのか、誰も知らないでしょう。

―ディビッド・ノーダール」

読んで下さい

2012年11月24日(土) ブログ
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夕べ又、(伝えたい)記事に出会いました。

パッチワーク関連の事だけ読みたい、という方や「長いのはパス!」という方はどうぞスルーしてくださいね。

でも、(もめ事)等はセンセーショナルに報道するくせに、こういう話となるとちっとも報道してくれなかったアメリカのメディアのために、せめてファンが自分達の周りの人に少しずつ伝えていかないと…って思っています。

一人でも二人でも、心にとめてくれる方がおられるように…。

ディビッド・ノーダールさんの言葉です。

「私はマイケルの絵を描いただけではありません。
ネバーランドに作る乗り物のスケッチと、病気の子ども達とその家族のために建てようとしていたマンションの絵をかくよう彼に頼まれました。
重病の子ども達に希望、前向きな考え、笑顔と魔法を与えれば症状が良くなることを彼は知っていました。
マイケルによると、暗く静かな病室は喜びや癒しを与えるどころか衰えさせてしまうのだそうです。
彼の考えたマンションには大きな出窓があって、森の中のツリー・ハウスのようになっていました。

重病の子ども達は夜を恐れて目を覚まし、怖くて眠れなくなることがあると彼は知っていたので、彼は大きな窓を望みました。
だから彼は24時間アニメを上映するための屋外映画館を建てようとしました。
子ども達が目を覚ましても、窓からアニメを見ることが出来るように。

マイケルは知っていました。
絶対に知っていました…間違いなく。
子ども達を癒すことが自分の宿命なのだということを。
それが彼の使命だったのです。
彼は世界中の孤児院を訪れました。
彼が建てたものもあるし、病院に子ども達のウィングも作りました。
医師をバルカン諸国へ送り、サラエボに医療品を乗せたボーイング737機を送ったこともありました。

マイケルは子ども達を愛し、彼は子ども達のために生きました。
子ども達はマイケルにとって何よりも大切なものでした。
彼が生きる意味は彼らだったのです。
マイケルは仕事のすべてを子ども達に捧げました…
世界の子ども達に、すべての私たちの子どもに。

ネバーランドは子ども達に捧げられ、絶えず工事をしていました。
ディズニーランドに似せたのは意図的にしたことでした。
彼は自分の使命としてこの世界にいる子ども達の支援を目指しました。
彼は子ども達を擁護するために、そして子ども達のための多額の寄付をするために世界を旅しました。

それが彼の生き方であり、彼が生きる意味だったのです。
児童虐待で訴えられたことが彼にとってどんなことだったのか、あなたには想像できますか?

ネバーランドのマンション計画にはマイナスイオンを作り出す滝が含まれていました。
マイケルはエンドルフィンを知っていたのでしょうか?(エンドルフィンとは脳内で働き、不安や苦痛を消し幸福感を与える神経伝達物質)

もちろん彼は知っていました。
彼は花のためにネバーランドに音楽を流していました。
そうすることで花の成長を促すと知っていたからです。
彼はヒーリングのことをとてもよく知っていました。
マイケルはいつでも本を読んでいました。
喜びがホルモンと心に影響を与えることを知っていました。

彼はネバーランドでのいくつかの工事を秘密にすることを望んでいました。
訪れる子ども達がそこで遭遇するであろうすべてを前もって知ることのないように、喜びと驚きがあるように。
それがどう子ども達を喜ばせ、どう感じさせるのか、彼は知っていたのです。

でも…マイケルのための魔法は消えてしまいました。
マイケルは魔法が大好きで、それを絵の中にも求めました。
そんなふうに、彼は意識的に子どものマジカルな目を通して世界を見ていたのです。
それが好きだったから。

子ども時代の喪失感を彼が抱いていたのは本当です。
でもそれ以上に、先入観のない新鮮な目を通して世界を見ることが好きだったから、彼はそれを選んだのです。
汚れのないレンズを通して物事を見ることが彼の創造性を力強く自由に流れさせました。
川のように。

あの訴訟が起こされた時、何よりのものであった彼の創造の川は塞き止められ、そして乾いてしまいました。

つづく

3日前になりますが…

2012年11月23日(金) ブログ
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今日は勤労感謝の日
私達にとってはアニバーサリー。

全然関連ありませんが3日前の11月20日は国連総会が決めた“世界子どもの日Universal Children’s Day)だったんだそうです。
その日にJJさんという方のブログに載せて下さってた記事、私も紹介させてもらいたかったのが 遅くなってしまいました。

でも、今日、絵本図書館に来てくれた可愛いお嬢ちゃんの写真と共に…

「マイケルの話題の時は長いですね(^^;」
と、よく言われるのですが…〈メッセンジャー〉ですから。
おつきあいください。

「ネバーランドでは、すべての乗り物は改良された車椅子でした。
腕が外に出ないよう、髪が挟まれないよう、マイケルは特別なケージを作らせました。
彼は安全面に気を配っていました。
乗り物を動かす人間たち、彼らは半年ごとに、身体的に障害を持つ子ども達の救出方法を学ぶ講習を受けにカンザスに行きました。

乗り物の土台はすべてカバーされており、映画館の中には、重病の子ども達がベッドに横になって映画を観られるよう壁際の部屋にはベッドをマイケルは置きました。
彼はありとあらゆることを考えていたのです。
マイケルのような富と名声を得た人たちは不快な部分を遠ざけることが多いです。
貧しい人たちや、虐げられている人たち…そういったものから距離を置くものです。
だから彼らはそれを目にすることはありません…。
マイケルはそれを毎日目にしていたのです。

80年代に私はマイケルと一緒に初めてコンサートに行きました。
彼は開演予定の約1時間前に会場に到着するとすぐにステージの後ろにあるスクリーンの向こう側に姿を消しました。
かれは[Make a Wish Foundation]の子ども達に会いに行ったのです。
重い病気を患っている子ども達で、彼らは呼吸器をつけ両親と一緒でした。
彼は真っ直ぐ彼らのもとに行き、祈りをささげその後すぐにステージに立ちました。

後に彼に尋ねました。
「マイケル、どうしてあんなことができるんだい?死にそうな子ども達と過ごし、それからステージに立ってどうしてあのようなパフォーマンスをすることができるんだい?」

すると彼は言いました。
「どうしてやらずにいられる?
そんな状況の子ども達に『会いたい』と言われたら。
重要なのは僕じゃないって解ってるよ。
彼らが会いたいのはスーパースターのマイケル・ジャクソンなんだ。
あと1週間、あるいはあと1ヶ月、その子を生かすことができるなら…」

彼はいつもこんな風でした。
子どもが死にそうだと連絡を受ければ彼は飛行機に乗って行くでしょう。
そしていつも何かを彼らに預けてくるのです。
「2、3週間したら君に会いに戻るよ」
と彼らに言って。

そんな風に、彼は幾度となく幼い命を延ばしました。
未来を楽しみにする何かを彼らに与えたからです。

―ディビッド・ノーダール(マイケルと親しかった画家です)」

アップリケトートのキット、やっとアップ

2012年11月22日(木) ブログ
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大丸ワンディ・レッスンの課題だった[アップリケのトートバッグ](バスをまつ間)と(木立ちの家)、ようやくネットショップの方にアップしました。

キットはとっくに出来ていたのに、どうしてこんなに遅くなったか?というと…。

実は 女の子の方(バスを…)に使っていた中袋用の起毛チェックが無くなってしまったからです。

グレー地にこっくりした赤の線のさりげないチェックが表のデザインととても合ってて超オススメだったのですが、メーカーさんにももう在庫無しで。

それからはいろいろな起毛チェックを少しずつ買ってみては
(これはどうかなあー)
と合わせてみては却下。
なんだか派手すぎたり、強すぎたり地味すぎたり…。

ようやく決まった赤と紺のタータンチェック。
仕立ててみると 女の子の被るニット帽とよく合って…。
やっとこれで「どうぞ!」って出すことができました。

と、思っていると、今朝部屋へ入ってきたNさんが、もうとっくに完成させていたバッグを肩に登場!

黄色のスキニー、紺のセーターによく似合います。
いっぱい荷物を入れてましたよ。

いいなあ、若い人はこんな色のスキニーがはけて。

映画[ThisIsIt]で、マイケルのオレンジのスキニー姿、私はイマイチでしたが、他のガール(女性マイケルファンのことです)達にはおおむね好評。
でもやっぱり女性が履く方が可愛いですよね。

観てきました

2012年11月21日(水) ブログ
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神戸市立博物館で開催中の[マウリッツハイス美術館展]
[真珠の耳飾りの少女]を観てきました。

その謎の多い人生と、とっても数少ない作品によって、いえもちろんその作品の魅力によって、日本に来る度に大人気のフェルメール。
この[真珠の…]の作品がその中でも一番人気ですよね。

神戸に来るなんてラッキー、でも人混みの頭越しに観るのは辛い、と夕方に入場。
4時過ぎだったので、行列も待ち時間もなく、ゆっくり観られました。

スカーレット・ヨハンセンが演じたみずみずしい少女の雰囲気、静かなデルフトの街が印象的だった映画を観たり、少し前に朝日新聞に載っていたレビューには
「印刷物を見ていたのと、本物の(少女)と会ったのは全然違いました」
と書いてあったので、
(そうなのかなあ)
と期待していました。

[少女]は…ガラス張りでした。
それに館内の照明、ちょっと暗すぎやしませんか?

正直、私には本物の持つ感動を目の当たりに、というところまでは感じられませんでした。

そして、変なことに結論。
すなわち(若い可愛い女性はトク!)と、いうこと。

だって、同じく展示されていたレンブラントの自画像やお年寄りの絵の方がやっぱり凄いもの。

足を運ぶことによって、そう感じた方もおられるかな?

カレンさんのこと。

2012年11月19日(月) ブログ
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MJには音楽関係以外に25年間ずっと苦楽を共にしてきた仕事仲間がいます。

一人はマイケル・ブッシュ氏。
彼の独特の衣装を作ってきて、ステージ上でもサッと寄って着替えさせる、ファンにもお馴染みの(オイタン)です。

もう一人は、同じく衣装係だったデニス・トンプキンス氏。
残念ながら一昨年、癌で亡くなりました。

もう一人が化粧係のカレン・フェイさんです。

トンプキンス氏は少し歳上ですが、ブッシュ氏はMJと同い年、カレンさんも同じくらいです。

若い時に出逢って、その後ずっと…ですから繊細な彼でもどんなに信頼していたかが判ります。

ちなみに2005年の児童虐待疑惑の裁判で裁判所に通う彼のパリッとしたスーツ、毎日二人で縫って届けたのも氏二人です。

そんなブッシュさんが今年、本を出版しました。
[DRESSING MICHAEL JACKSON]
その本を売るために、イギリスでも日本でも衣装展をしました。
そこまではまだしも、展覧会が終わった後、衣装はジュリアンオークションにかける、という話にファンは色めき立ちました。

MJが彼に、と譲り渡した大切な衣装。
たとえチャリティーのためとはいえ、世界中にバラバラにするとは?

結局、ファンの願いが聞き入れられたか?一部を除いてエステートに寄贈されることに…。

レガシィを伝えるため?
お金儲けのため?

MJが亡くなってから本を出版したり、その手のことはどれほど多くあったことか!

でも、ここに
「私は絶対に出しません」
という人がいます。

カレンさんです。

生前、マイケルと二人で取りかかっていた本。
彼が亡くなって、いないのだからそれで終わりだと。

なぜ、彼から「タートル」というあだ名で呼ばれていたか?という質問にも
「私にとっては特別のことですから…」
と、絶対に明かさないカレンさん。

以前、こんな言葉も
「もちろん…ある日気づいたわ…彼に恋していると。でも、私たちの人生は選択です。私は彼を何の条件もなく愛することを選びました…ロマンチックな、あるいは自分よがりなものではなく。以下略。」

ときどき、女の人の方が(男らしい)と思うことってありますね。

棺の中で横たわる彼に死化粧を施してくれたのもカレンさんだそうです。

渋め

2012年11月18日(日) ブログ
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たぶん毎年同じこと言っていますが、私が絵本を集め出した頃に比べて、今では[クリスマスの絵本]はとーっても多くなっています。

毎年毎年、たとえ大人になってもクリスマスのものはロマンチックな夢と温かい(愛)を感じさせてくれて、飽きない、人を惹き付けるものなんですね。

ところで、クリスマスの絵本、ズラリと並ぶととてもカラフル。
サンタさんの赤と雪の白とモミの木の緑、夜空の紺がやっぱり目立つでしょうか?

そんな中、かえって渋め、中間色を用いた絵本が目につきます。

(素朴で昔風の絵が素敵!)と思った上の絵本は全く読めないドイツ語の本。

ドイツ語ではCHRISTMASは[WEIHNACHTEN]というのですね。
中をあけると、ちょっとブチャイクな男の子と女の子が冒険する素朴で可愛い絵が載っています。

下のは薄い渋グリーンに黒を効かせた、とっても洒落た表紙の絵本。
よく見ると、なんとトミー・ウンゲラーの作品です。

トミー・ウンゲラーといえば、フランスのストラスブールに生まれてニューヨークに渡って[すてきな三にんぐみ]や[へびのクリクター]等を生み出した超有名作家ですよね。
なるほど、中をあけてみると、ウンゲラーさんらしい軽妙洒脱な線描でブタさんの暮らしが…。

フムフム、題名にあるMELLOPSさんというのはお父さんで4人(4頭?)の息子がいるんですね。
こちらは簡単な英語なのでなんとか読めそうですよ。

でもなんといってもステキなのは各ページの色合いです。
柔らかいウンゲラーさんの黒ペンの線描に雪の白、というよりアイボリー、後は渋グリーンと肌色みたいなオレンジピンクだけ。

マッタリとして温かでとってもオシャレ。

クリスマスというと赤と緑と白、という固定観念はそろそろ飽きてきたかも。

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